もっきり酒の美しさ
居酒屋などで、日本酒を頼むともっきり(盛っ切り)酒という形で提供されることがあります。これは、コップを升の中に入れ、日本酒をコップからあふれるようになみなみと注ぐものです。TV番組『吉田類の酒場放浪記』を見たことのある方なら、良く目にしているかもしれません。
私は、このもっきり酒が大好きです。メニューとしてというよりも、あのフォルムと用途がほれぼれするほど完成されている所が好きなのです。とはいっても、工業デザインの話ではなく、「象徴学的」に完璧なのです。
象徴学。何のことやらとお思いでしょうが、まあ、お聴きください。もっきり酒の酒器は、升の中にコップという単純な物です。升は大体四角で、コップは円柱です。四角の上に円が乗っているということになりますね。これが、とっても奥が深いのです。古代中国に「天円地方」という概念があります。「天は円であり、地は四角」の形をしている、という考え方で古代の宇宙観を示したものです。中国の天壇(世界遺産)などもこの考え方で設計されています。偶然、もっきり酒はこの天円地方を表す形なのです。つまりは居酒屋メニューの中に宇宙が紛れているのです。
ただ、四角と円なんてどこにでもあるだろう、と言われればその通り。ですが、さらにこれが酒器である点が良いのです。なぜなら、酒は古代から神聖なものとされてきました。酒はまた甘露ともつながります。甘露とはこれまた古代中国の伝承で、天子の仁政に対して天が応じて降らせる甘い雨のことです。これがコップに注がれるという事は、「天に甘露が満ちる」という、とてもありがたい事を疑似的に表していることに他なりません。さらに、もりきり酒の特徴として、コップから酒を多少あふれさせます。これは一杯分の値段より多く注ぐというサービスなのですが、当然ながら、あふれた酒は升にたまります。これを象徴的に見ると、「天に満ちた甘露の気は、地にあふれる=仁政の到来」というこれ以上ない完成度なのです。
そうなってくると、酒のアテも五行説に基づいた五色でいきたいところですが……。
というわけで、もっきり酒の素晴らしさについて、語ってみました。ちなみにこういったことを居酒屋で酔いに任せてクドクドと話すと、嫌われますのでご注意ください。…ええ、反省しました。